2023/06/01

文学少年

このところ、意識して、パソコンやスマホを触らないようにしています。
疲れるというのもあるし、吸い取られるという感覚もある。
あと、無意識のうちに自分の思考を持ってかれるような感覚も。

仕事上、人間関係上、使わざるをえない機会はもちろんあるのだけど、触っていると癖で必要ないものまで見ていたり。。
「必要最低限」を心掛けています。

すると、同じように過ごしていてるのに、時間がずいぶんあるような感覚。
昔読んだ本を引っ張り出してきたり、子どもに絵本を読んであげる余裕がある。
やろうと思って手付かずだったことに手を伸ばしたり、暮らしが整う感じ。

ひとつひとつのことは、時間にすると10分くらいのもので、「忙しくてできない」は自分の言い訳だったことに気づく。

今朝、いつものように机の上を片付けていると、無造作に置かれた本たち。
本好きは親譲りで、いつも何かしら本を読んでいるけれど、最近はこういうのが好きらしい。
「おもしろい」と言って何度も読んでいて、一昨日、井上靖の本をさらに3冊購入していた。
教室では、本を読みながらにやけていて、何を読んでるのか先生が見に来たら、芥川龍之介を読んでいたと驚かれたらしい。

修学旅行で持って行ったお小遣いを1600円ほど持って帰ってきたのだけれど、「欲しいものなかったから、あとで本とか買おうと思って」と言っていて、さすが文学少年と(笑)。

電子機器に触れてないと、本読む時間があるんだなぁと、わが子を見ながら思ったり。

「子どもから学ぶのざぞ。」とある本に書いてあったけれど、確かに、本能的なもの、根本的なもの、本質的なものというのは、子どもから学べること、子どもに教えてもらうことがあるように思う。

こどもは、「自然」だから。

子どもたちは、人間は自然の一部であるという感覚を教えてくれる。

正確には、思い出させてくれる。
本来持っていたものを、忘れてしまっているだけだから、その感覚を取り戻せばいいのだ。

そして、時間の主権を、暮らしの主権を、自分たちの手に取り戻すのだ。